水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

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笠寺観音かいわいの歴史探訪  その28  観音塚(粕畠貝塚)

観音塚

その28 観音塚(粕畠貝塚)  南区粕畠町三丁目

 ここを「元観音」という。エノキの大樹がある。
笠覆寺の縁起によれば、天平年間、呼続の浜に浮木が漂着したのを、禅光上人という沙門が、霊夢によりその浮木をもって十一面観世音を刻み、一宇を建立し、小松寺と称した。その後荒廃したが、延長八年(930)笠覆寺が建立せられて尊像もそこに移されたのである。ここが笠寺観音の発祥の地である。享保元年(1716)加藤又兵衛勝貞がこの地に碑を建て土地を寄進した。

粕畠貝塚
観音塚がある辺りは、粕畠貝塚と呼ばれている。粕畠貝塚は、愛知県ではよく知られた縄文時代早期末(約七千年前)の貝塚である。昭和十年、十一年の調査によれば、貝層の厚さは二十~五十センチでハイガイを主体として、イノシシ、シカの骨角、石匙、石鏃等の石器、底のとがった粕畠式と呼ばれる土器が出土した。十年ほど前は粕畠貝塚の北、高台にかけて弥生式土器、古墳時代の土師式土器がわずかな畑地、空き地で見られた。

「南区の歴史探訪」「笠寺観音と玉照姫」
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プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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