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水彩画で綴る  細入村の気ままな旅人 旅日記

団塊世代の親父のブログです。
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四国お遍路の旅 第五十五番札所 南光坊(なんこうぼう)

  小糸展望公園の朝は早かった。近くに車が停まる音で目が覚めた。時刻は午前5時前だった。寝袋から顔を出すと、カメラを担いだ親父さんが歩いていた。来島海峡の朝焼けを写しに来たようだ。ここは、カメラマンが集まるメッカでもある。
  外へ出ると、空はどんより曇っていた。今日は土曜日だ。続々とカメラマンが集まって来る。皆、顔馴染のようだ。そろそろ日の出の時刻になるのだが、雲が厚く日の出は見られないようだ。カメラマンたちは、がっかりしながら、それでも白い来島大橋を見つめていた。大きな船が何隻も通過して行く。海峡は、潮の流れが速く、よい漁場でもあるようだ。小さな漁船が大きな船の間を縫うように走って行く。白い橋と渦巻く海峡を走る船と夜明けの赤い太陽が重なった景色を想像した。カメラマンが狙っている風景が目に見えるようだ。
  南光坊は、小糸展望公園から15分ほど走った今治駅の近くにあった。午前8時過ぎお寺に到着した。時刻が早く境内にはお遍路さんの姿はない。本堂と大師堂をお参りしたが、火の付いたローソクは2本だけだった。お遍路さんが行動を始めるのは、午前9時を過ぎてからのようだ。
  大師堂をスケッチした。そこへ割腹のある親父さんがやって来た。「どこから来たのかい」と聞かれ「富山から来ました」と答えると、「俺は若い頃自転車遍路をしたよ。すごい旅だったね。今から思い出してもぞっとすることがあったよ。若かったからできたのだね」と親父さんは体験談を話してくれた。「スケッチしながら旅しているとは、大変だが、頑張れよ」と励ましてくれた。四国の人がお遍路さんに親切なのは、お遍路を体験していることにも理由があるようだ。
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[ 2008/08/02 06:38 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第五十四番札所 延命寺(えんめいじ)

  松山から今治へ向って車を走らせた。午後4時半、延命寺に到着した。今日は、このお寺でお参りは終了である。
  境内へ入ると、参道の横に茶店がある。土産物や駄菓子などが細々と店先に並んでいた。本堂と大師堂をお参りし、納経も終え、本堂をスケッチすることにした。茶店の横でスケッチしていると、やぶ蚊の襲撃に会い、何箇所か刺されてしまった。痒くて、ボリボリ腕や首を掻いていると、「何や、蚊に刺されたのか」と茶店のおじいさんが家の中から出て来た。「これ使いな」とキンカンを貸してくれた。親切なおじいさんだ。「やぶ蚊が多くて、わしもよく刺される」とおじいさんは笑っている。
  そこへ、汗まみれの青年がやって来て、店先のキンカンの瓶を取って、腕に塗りつけ、去って行った。「あの青年は、ここで仕事をしているのだが、刺された、刺されたと言ってやって来るよ。お寺にやぶ蚊はつきものさ」と、おじいさんは再び笑った。この茶店にのんびり座って、このおじいさんと話をしていくお遍路さんが多いのだろうと思った。本当に気さくなおじいさんだった。
  お寺の山門を出た所で、バッタリ豊橋の青年に会った。元気そうだった。「てっきりずっと先のお寺を巡っていると思っていたのですよ」と旅人が言うと、「私も同じように思っていたのです。今日は、海で泳いで来ました」と青年は笑顔で話した。不思議な縁である。
  その夜は、しまなみ街道の来島大橋が見える小糸展望公園の駐車場が野宿の場所になった。野犬が何匹もうろつき、トイレに行くのが心配な公園の夜は更けて行った。
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[ 2008/08/01 06:12 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第五十三番札所 円明寺(えんみょうじ)

  円明寺は太山寺から2kmほどの所にある松山市内最終のお寺だ。狭い境内には本堂や大師堂、観音堂などがこぢんまりとまとまっていた。その中央にあるのが中門だ。かわいらしい門である。お参りを後まわしにしてスケッチした。
  描いていると、菅笠を被り、遍路杖を突いたおじいさんが、中門の向こうから歩いて来る。よく見ると、岩手のおじいさんだった。「おじいさんは松山市内を見学すると言っていたのに、どうしてここにいるの」旅人は、キツネにつままれたような感じになっていた。「やあ、また会いましたね。松山市内を見学しようと思っていたのですが、地図で見たらこのお寺も松山市内だと言うことが分かり、やって来たのです」とおじいさんは笑っていた。お参りを済ませ、おじいさんと別れた。またどこかで、バッタリということになるのかも知れない。お元気で。
  円明寺から少し行ったところに堀江という町があり、港からは広島に向けてフェリーが出ていた。旅人は、休憩しようとここへやって来たのだ。フェリー乗り場には、たくさんの人たちが、船の到着を待っていた。お遍路姿の旅人を見つけたようで、親父さんが近づいて来た。「どこから来たの」と聞かれた。「富山からです」と答えると、「富山って、どこにあったっけ」とちょっと考えている。「石川県の隣です」というと、「あの金沢の近くかね。能登半島とか景色のきれいなところだね」と富山県ではなく、石川県の風景を盛んに話題にしている。まだまだ、富山県は全国区になりきれていないようだ。富山県がんばれ!
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[ 2008/08/01 06:08 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第五十二番札所 太山寺(たいさんじ)

  石手寺のお参りを終えてから、道後温泉に入浴した。岩手のおじいさんも一緒だった。道後温泉は、お寺のような屋根が幾重にも重なり歴史を感じさせる建物だ。番台で入浴料300円を払って中へ入る。東風呂と西風呂の2ヶ所がある。どちらも同じ作りで、大きな湯船が真中に一つあり、簡素な造りだ。昔の銭湯というイメージだ。透明なお湯で、入ると肌がつるつるになった。旅人の住む細入村にある温泉のお湯に似ていると思った。
  岩手のおじいさんは、今日は松山市内を見学するという。旅人は、さらに先へ進む予定だ。もう、おじいさんに会うことはないようだ。旅人は、おじいさんが、お遍路が無事終了し、元気に岩手へ戻ることを祈りながら、おじいさんと別れた。
  松山市内の渋滞する道を走り、太山寺に到着した。歴史を感じさせる立派な本堂が建っている。お参りを済ませ、本堂をスケッチした。「お前さん、どこへ腰掛けて絵を描いているのかい。井戸の所に腰を掛けていてはバチが当るぞ」と掃除に来たおじいさんから怒鳴られた。何の疑問もなく、これは具合がいいと、井戸の淵に腰を掛けていた旅人だった。怒鳴られて初めて、それがいけないことだったと気付いた。穴があったら入りたい気持ちだった。
  子どもの頃、大人たちからいろいろ言われたことを思い出した。「敷居は跨いで通りなさい」「靴は、きちんと揃えて脱ぎなさい・・・」その中に「井戸には神様が住んでいるのですよ」と井戸をお参りしたこともあった。常識的なことを、かなり欠落させたまま、この年まで生きてしまったようだ。自分の子どもに常識が欠けているのは、仕方のない話なのかも知れない。非常識を深く反省した旅人だった。
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[ 2008/07/31 08:31 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第五十一番札所 石手寺(いしてじ)

  石手寺は道後温泉の真ただ中にある大きな寺である。お寺の参道には、土産店がずらりと並んでいた。「ここがお遍路寺ですか」と、勘違いするほどだ。道後温泉を訪れた人たちが足を延ばし、この石手寺へお参りに来ているようだ。
  石手寺の歴史は古く、728年聖武天皇の勅命で伽藍が建てられたことが始まりだという。翌年、行基が薬師如来を刻み、それを本尊とし、安養寺と名付けたが、100年ほど後、弘法大師が巡錫し、真言宗に改めた。それから80年ほど後、石手寺と改名された。楼門は国宝、本堂、三重塔、護摩堂、鐘楼、銅鐘、五輪塔などは重要文化財に指定されている。
  納経所隣にある茶堂が、たくさんの参拝客で賑わっている。香盤には線香が山のように積み上げられ、朦朦と煙を上げていた。
  本堂は、参道を真っ直ぐ行った正面にあった。その手前に、立派な三重塔が建っている。塔の前には、千羽鶴が何百も並び、「人命尊重」という大きな看板が立っていた。「イラク戦争で命を亡くした犠牲者を慰霊する」という大きな表示もある。人と人が殺し合うことを止めなければ、「人命尊重」はない。このお寺は、「イラク戦争反対」を強烈にアピールしていた。大切なことを、このお寺は訴えていると思った。お坊さんの勇気に拍手を送りたい気持ちだった。
  本堂と大師堂でお参りした。旅人は、愛媛に入った頃から、お経の終わりに「南無大師遍照金剛、願くばこの功徳を以って普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜん」と祈るようになっていたが、このお寺からは「世界が平和でありますように」という願いも祈ることにした。
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[ 2008/07/31 08:27 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第五十番札所 繁多寺(はんたじ)

  繁多寺は、浄土寺から2kmほどの所にある。お寺とお寺の距離がこのくらいだと、歩き遍路をしていても楽しくなりそうだ。歩き遍路が多い訳だ。時間があれば、歩き遍路に挑戦してみたいのだが、余裕がないので残念だ。
  繁多寺に到着した。車から降りると、岩手のおじいさんの車が入って来た。一緒にお参りに行くことにした。山門を抜け、境内へ出た。境内が広いのには驚いた。その境内の向こうに本堂や鐘楼、大師堂などの建物が並んでいた。境内を横切り、まず本堂へお参りに行く。
  線香を立て、ロウソクを立て、納札を入れ、賽銭を入れた。岩手のおじいさんも同じ手順だ。般若心経を詠み始めた。「お経は人に聞いてもらうものではない。お経は大きな声で詠む必要はない」と、どこかのお寺で話している人がいた。それからは、旅人は、お経は自分に聞こえるほどの大きさで詠むことにしていた。おじいさんのお経も、自分にしか聞こえないほどの小さな声だった。
  それから、大師堂へ行った。大師堂が終わると、「別のお堂も参ってきます」と、おじいさんは出掛けて行った。旅人は、納経を終え、広い境内でスケッチをした。スケッチが終わる頃、おじいさんが帰って来た。「一生懸命お参りしているのですね」と言うと、「最初の頃は、お参りも本堂と大師堂でした。でも、お寺を巡っている内に、お堂や、お地蔵さんもお参りしていこうという気持ちになりましてね」とおじいさんは答えた。それに比べて、旅人は、お経がすらすら詠めるようになり、今では5分ほどで終わっていた。やはり、旅人は俄か遍路の域を脱していないようだ。
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[ 2008/07/30 12:49 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第四十九番札所 浄土寺(じょうどじ)

  朝のラッシュで混み合う道を浄土寺へ向う。浄土寺は西林寺から3kmほどの距離にある。道を歩くお遍路さんを何人も追い抜いた。愛媛に入ってから歩き遍路さんの数が多くなっているようだ。
  浄土寺へ到着した。立派な仁王門がドンと構えている。仁王様の前の柵には、たくさんの草履が引っ掛けてあった。お遍路さんが奉納した草履のようだ。悪霊や疫病神を追い払うために草履を奉納するのだそうだ。仁王門にある巨大な草履は、「こんなに大きな草履を掃く仁王様がここにはいるのだぞ」と悪霊たちを威嚇するために置くのだそうだ。
  境内へ入ると、正面に鄙びた感じの本堂が建っていた。灰色の瓦屋根が印象的な建物だった。500年以上も昔に建てられたもので、現在は国の重要文化財になっているという。
  大師堂をスケッチしていたら、お遍路さんが、次から次へとやって来た。その中に岩手のおじいさんの姿を見つけた。岩手のおじいさんも旅人の顔を見つけ、ニコニコしている。久しぶりの再会だった。「豊橋の青年も元気でしたよ」とおじいさんは教えてくれた。今日は、おじいさんとまたどこかのお寺で一緒になるのだろう。
  お参りを済ませ、納経所へ行った。夫婦連れが何組か列を作っている。その中に、作業着姿の男性がいた。どこかのお寺でも同じ作業着を見たことを思い出した。どう見てもお遍路さんではない。その男性は、掛け軸に朱印を貰うと、去って行った。どうも、男性は、掛け軸に朱印を貰うためだけに、このお寺へやって来ているようだ。朱印が全部揃った掛け軸を販売する商売が、あるのかも知れない。
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[ 2008/07/30 11:33 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第四十八番札所 西林寺(さいりんじ)

  「道の駅 ひろた」の横を自転車通学する中学生の一団が走って来る。白いヘルメットをきちんと被り、制服もピシッと着て、一列になっている。だらだらした所が全く感じられない。「おはようございます」と大きな挨拶をしながら、旅人の前を通り過ぎて行った。「きびきびしていて、気持ちがいいですね。今時、珍しい中学生たちですね」と、大宮から来ている親父さんも感心していた。そういえば、ここの道の駅は、他の道の駅と少し違った所がある。普通なら設置してある、ゴミ箱や自動販売機が全くないのだ。しかも、掃除は行き届き、ゴミ一つ落ちていない。道の駅も生半可ではないのだ。広田村は、大人たちもビシッとしているのだ。すがすがしさを感じさせる村だった。
  西林寺へ到着した。山門を入ると、一人の若者が絵を描いていた。はがきにペンで描いている。たくさんのお遍路さんが、彼のスケッチを覗きこんでいた。「上手いですね」という声も聞こえて来る。本当に上手な絵だ。今まで描いたペン画も、ストックブックに入れて、展示してある。「ペン画はこう描くのですよ」と彼は、自信満々で描いている。プロの絵描きなのだろうか。「一つのお寺で1日過ごすことにしています。何枚も描くから、そのお寺の建物はほとんど描きますね」と若者は答えた。一つのことを徹底してやるということが大切なのだ。それに比べて、旅人は実にいい加減なスケッチを描いている。深く反省した旅人だった。
  お参りを済ませ、お寺の山門をスケッチした。山門の向こうでは青年がペン画を描いている。旅人は、久しぶりに緊張しながらスケッチを描いた。「このお寺には、絵描きさんがここにもいるのだ」と言いながら、お遍路さんが旅人の横を通り過ぎて行った。
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[ 2008/07/29 14:53 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第四十七番札所 八坂寺(やさかじ)

  午後5時少し前、八坂寺に到着した。納経所終了まであと数分。何とか間に合ったようだ。団体さんの一団が、マイクロバスから降りて来た。彼等も皆あわてている。「午後5時、納期所終了」という決まりは、どのお寺でもかなり厳格に守られているようだ。
  納経を終え、お参りに行く。団体さんと一緒のお参りになった。彼等を案内しているお坊さんに、どこかのお寺で会ったような気がするのだが思い出せなかった。静かな境内に、般若心経が響き出した。お経はよく揃っていて、大きくなった小さくなったりしながら、旅人の体にも響いて来る。線香の白い煙が、合掌している人たちの間をゆっくりと流れて行った。
 境内にあるベンチに座り、スケッチを始めた。すぐ前で、若いお坊さんが掃除をしている。お寺の一日もそろそろ終了するのだろう。気が付くと、黒い物が目の前を飛び交っていた。やぶ蚊に囲まれてしまったようだ。旅人は急いでスケッチを仕上げると、その場を退散した。不思議だったのは、若いお坊さんが、平然と掃除をしていたことだ。彼だって、やぶ蚊の攻撃を受けているはずなのに、どうして平然と掃除を続けてられるのだろう。「心頭を滅却すれば、蚊もまた涼し」ということなのだろうか。実のところは、「虫除けスプレーをしっかり塗っていた」ということなのかも知れない。
  八坂寺のお参りを終え、松山市内から15kmほど山へ入った広田村にある「道の駅ひろた」で野宿した。大宮から四国旅行に来ていた夫婦連れと一緒になり、その夜は、楽しい晩餐になった。その夫婦連れは、旅人が住む細入村にある温泉にも、立ち寄ったことがあるという。旅の話は深夜まで続き、少々寝不足の一夜となった。旅することは素晴らしい。
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[ 2008/07/29 10:11 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)

四国お遍路の旅 第四十六番札所 浄瑠璃寺(じょうるりじ)

  岩屋寺から次の札所「浄瑠璃寺」へ向けて走り出した。時刻は午後2時を過ぎている。どこかで食事をと思っているのだが、山の中を走る道なので、店は見つからない。
  かなり走った所で、ようやく小さな食堂を見つけた。駐車場は車で一杯だ。繁盛している店のようだ。さぞかし美味しい料理を食べさせる店なのだろう。店の中はお客さんで満員だった。メニューには、丼物や麺類が並んでいる。旅人はラーメンを注文した。
  店の奥では、2人のおばさんが切り盛りをしている。その様子を見て、少々がっかりした。料理を作る動作が、きびきびしていないのだ。だいぶ待ってから、注文したラーメンが運ばれて来た。案の定、化学調味料が一杯入ったどうしようもないラーメンだった。どうしてこの食堂が満員なのか、不思議だった。もう一つ不思議なことがある。ラーメンの値段が530円なのだ。500円とか525円なら理解できるが、530円とはどういう計算なのだろう。いろいろと疑問が残る食堂だった。
  険しい山道を下る。三坂峠という所で、曲りくねった下り坂が続く。土佐街道最大の難所という。後ろからトラックに追い立てられながら、無事、松山市内へ入った。ここから少し道に迷ったが、無事、浄瑠璃寺に到着した。車遍路も大変であった。
  時刻は午後4時を過ぎていた。山門から境内に入る。静かな境内だった。このお寺は、奈良の大仏開眼に先立ち、行基が仏教布教のためこの地へ立ち寄り、ここに伽藍を建立したのが始まりだという。西暦708年というから、長い歴史のあるお寺だった。
  お参りを済ませ、本堂をスケッチしていたら、やぶ蚊に襲われ、あっという間に二箇所ほど刺された。スケッチも早々に退散することにした。お遍路には、虫除けスプレーも必需品のようだ。
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[ 2008/07/28 16:12 ] 四国お遍路 愛媛県 | TB(0) | CM(0)
プロフィール

細入村の気ままな旅人

Author:細入村の気ままな旅人
富山市(旧細入村)在住。
全国あちこち旅をしながら、水彩画を描いている。
旅人の水彩画は、楡原郵便局・天湖森・猪谷駅前の森下友蜂堂・名古屋市南区「笠寺観音商店街」に常設展示している。
2008年から2012年まで、とやまシティFM「ふらり気ままに」で、旅人の旅日記を紹介した。

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